おうちでSDGs 小説「三つ編み」を読んで

そんな想像を絶するような仕事があるなんて、このフランスで100万部を突破し、文学賞を八冠とったこの本を読むまでずっと知らなかった。「三つ編み」著:レティシア コロンバニ, 訳:齋藤 可津子 早川書房 (2019) 

25年前バックパックでインドを旅行した際、カレーに添えられていた漬物にあたって下痢になり、民家の庭先のトイレを借りた事がある。確かにそれはただの穴だった。その時の私の排泄物も、その処理を生業としている”誰か”が片づけてくれたのかもしれない。

小説「三つ編み」に出てくるインドのダリット(カースト制度の外側にいる被差別民:不可触民)であるスミタは、代々受け継がれてきた”他人の糞尿を素手で拾い集める”事を生業としている。

娘を学校に通わせ、悲惨な生活から抜け出せるよう力を尽くしたが願いは断ち切られ、「捕まったら辱めを受けた上に死」を覚悟した上で娘を連れ、その暮らしから逃亡するが・・・。

1981年にイギリスで設立され38年間にわたって、水・衛生分野に特化して活動してきた国際NGO団体ウォーターエイドの日本法人サイト※によると、

インドで排せつ物をためるピットやくみ取り式トイレの清掃・汲み取りを手作業で行ったり、排せつ物を運んで捨てるといった作業(マニュアルスカベンジング)は1993年に政府が法律で禁止し、2013年には法律が強化されたにもかかわらず、

2018年の時点でこの仕事に従事している人は明らかになっているだけでも2万人以上。実際の人数はもっと多いとも言われており、こうした作業員のなかで女性や少女に多いのが「バケツ」を利用したトイレや野外排せつに使われる場所を手作業で清掃したり、排せつ物をバケツで運んで捨てに行ったりする仕事。と、ある。

蛇口をひねれば清潔な水が出、ボタンのスイッチ一つで汚物が流され処理される。それを当たり前と思っていた自分が、たった1冊の小説をきっかけに世界のトイレ事情を憂うなど、あまりにも短絡的かもしれないけれど、

ただ”知る”

という事で変化する事もあると思う。それは思考、行動ともに。

法律で禁止されているにも関わらず、インドで手による排泄物清掃人の仕事が無くならないのは、その慣行が現存する不可触民の最悪な象徴のひとつと考えられているからだとも言われている。

小説「三つ編み」は、過酷な運命と闘うことを選んだスミタがヴィシュヌ神に捧げた美しい髪が、家族経営の毛髪加工会社の倒産を救うため、望まぬ結婚を期待されたイタリアシチリアのジュリアの手を経、女性初のトップの座を目前にして癌の告知を受けた、カナダのシングルマザーの弁護士サラの手に渡る。という話で終わる。

美しい髪をたどって、自分の意志を貫く3人の女性の、偶然の繋がりの物語から、私は何を学んで、今一体どんな行動をすればいい?発信?団体への寄付?差別や人権について子ども達に伝える事?

その答えに正解はない。でも、1つの国のたった一か所の市場から広がった感染症が、今世界中を脅かしている事を思えば、自国以外の課題ももはや遠い世界の他人事ではないだろう。だったら、

他人事ではない。

たった1冊の小説がきっかけでもそう気づき、日々自分に「何を知るのか。何が出来るか」と問いかけるのも”おうちでSDGs”のあり様でいいと私は思うし、

もしかしたらそこから始まる”未来への偶然の繋がり”だってあるのかもしれない。

※NPO法人ウォーターエイドジャパン「【支援の現場から】インド・ブルキナファソ:くみ取りに従事する作業員の実情」(2019年)

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